「紀州のドン・ファン事件」の元妻として一躍有名になった須藤早貴被告。
裕福な家庭で育ち、美容師の資格まで取得した彼女が、なぜ日本中を震撼させた事件の当事者となったのでしょうか?
本記事では、須藤早貴被告の生い立ち・学歴・家族構成・経歴を徹底解説します。
須藤早貴のプロフィールと基本情報
まずは須藤早貴被告の基本情報を整理しておきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 須藤早貴(すどう さき) |
| 生年月日 | 1996年2月28日 |
| 出身地 | 北海道札幌市北区 |
| 血液型 | 不明 |
| 最終学歴 | 札幌ベルエポック美容専門学校卒業 |
| 取得資格 | 美容師国家資格 |
| 逮捕時年齢 | 25歳(2021年4月) |
| 罪状 | 殺人罪・覚醒剤取締法違反 |
| 裁判結果 | 一審(2024年12月)・二審(2026年3月)ともに無罪 |
須藤早貴被告は1996年2月28日、北海道札幌市で生まれました。「紀州のドン・ファン」こと野崎幸助さん(当時77歳)の元妻として、全国的に注目を集めた人物です。
家族構成と実家の環境
実家の環境は、事件の背景を理解するうえでとても重要なポイントです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 父親 | 医療関係企業のサラリーマン |
| 母親 | 看護師 |
| 姉 | 3歳年上 |
| 弟 | 2歳年下 |
| 実家 | 北海道札幌市北区・3階建て豪邸 |
| 副収入 | アパート経営あり |
須藤早貴さんの実家は北海道札幌市北区で、医療関係の会社に勤めるサラリーマンの父親と看護師の母親のもとに生まれました。実家は3階建ての豪邸で、同じ敷地内には祖母の家も建っていたといいます。
須藤早貴被告の父親は医療関係の仕事、母親は看護師をしていて、2人とも働き者だったと報じられています。アパート経営もしていたとみられ、本業と家賃収入を合わせると、一般家庭よりもかなり裕福な家庭だったことがうかがえます。
注目すべき点は、須藤早貴さんが野崎幸助さんと結婚していたことを、両親は事件が発覚するまで知らなかったといいます。大人になってからは実家の家族との関係が希薄になっていたようです。
学歴まとめ|北海道から上京するまでの軌跡
須藤早貴被告の学歴を時系列でまとめました。
| 学歴 | 学校名 | 特記事項 |
|---|---|---|
| 小学校 | 札幌市内の地元小学校 | 大人しいタイプ、目立たず |
| 中学校 | 札幌市立北陽中学校 | バドミントン部所属 |
| 高校 | 北海道札幌丘珠高校(公立) | 偏差値45程度・校則に厳しい学校 |
| 専門学校 | 札幌ベルエポック美容専門学校 | 美容師国家資格を取得・コンテスト入賞 |
須藤早貴さんは地元の小学校を卒業後、地元の公立校「札幌市立北陽中学校」へ進学しています。週刊誌などで制服姿の写真が公開されたことで、この学校への通学が判明しました。
須藤早貴被告は2014年4月に札幌ベルエポック美容専門学校に入学したと言われています。入学当初からはっきりしたメイクとファッションで目立つ存在でした。美容師科に所属して才能が開花し、学校主催のコンテストでは入賞したこともありました。2年生の時のオープンキャンパスでは、模擬挙式の花嫁役に立候補し、ウエディングドレス姿を披露するほど目立ちたがりやでした。
生い立ちと性格の変化|おとなしい少女が派手な生活へ
須藤早貴被告の人生には、大きな転換点がいくつかあります。
幼少期〜中学時代:静かで目立たない少女
子供時代の須藤早貴は、穏やかで礼儀正しい性格だったと近所の人々にも知られており、何ら問題を抱えているようには見えませんでした。中学時代も地元の学校に通い、バドミントン部に所属していました。成績は普通で、運動も特別に得意ではなかったものの、静かで大人しい生徒だったと同級生たちは語っています。特に目立つ存在ではなく、少女漫画を読むなど内向的で控えめな性格だったようです。
高校時代:少しずつ派手になっていく
高校に進学すると、須藤早貴の生活スタイルが次第に派手になり始めます。彼女が通った高校は進学校ではなく、髪型や服装に厳しい校則がありましたが、須藤はそのルールの範囲内でメイクをし始め、徐々に外見に気を使うようになっていきました。
休み時間には少女漫画を読んで静かに過ごすようなタイプだったとされています。また、(旧)ジャニーズの亀梨和也さんのファンで、コンサートに出かけるなど、芸能人に夢中になる一面も見せていました。
専門学校時代:「お金持ちキャラ」への変貌
須藤早貴の生活がガラリと変化したのは、高校卒業後に札幌市内の美容専門学校に入学してからとされています。当時の彼女を知る人物によると、本格的に彼女が派手になっていったのがこの美容専門学校時代で、周囲に対して「お金持ちキャラ」のお嬢様として振る舞うようになったといいます。そのきっかけは、ススキノのホストにハマったことが始まりだったと言われています。
ホストにハマり授業にはあまり来ていなかったそうですが、コンテストでは入賞し、美容師の国家資格もしっかり取得されたようです。
上京後の経歴|高級ラウンジ・AV出演・パパ活
専門学校を卒業後、須藤早貴被告の人生はさらに大きく変わっていきます。
須藤早貴被告は卒業後に上京し、美容師をやっていたようですが、「手荒れがすごいから」という理由で辞め、高級ラウンジで働き始めたといいます。さらに専門学生時代から変わらずハマっていたホストクラブに通う資金を稼ぐため、アダルトビデオに出演したりしていたという噂もあります。
また須藤早貴さんは、中国やドバイでモデル活動をしていたと話していたことがあるそうですが、彼女がモデルとして掲載されている媒体は見つからず、本人は中国語も英語も話せないそうなので、信憑性は不明です。
紀州のドン・ファンとの出会いと結婚
資産家・野崎幸助さんとの出会いは、須藤早貴被告の人生を大きく動かす転機となりました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出会い | 2017年12月・知人の紹介 |
| 結婚 | 2018年2月8日 |
| 野崎幸助さんの年齢 | 77歳(当時) |
| 須藤早貴の年齢 | 22歳(当時) |
| 年齢差 | 55歳 |
| 野崎さんの死亡 | 2018年5月24日(急性覚醒剤中毒) |
須藤被告と野崎さんは2017年12月に知人を介して知り合い、2か月後の2018年2月8日に入籍しました。出会ったその日に野崎さんは帯付きの100万円の束を被告に差し出し「結婚してください」とプロポーズしたとされています。野崎幸助さんが77歳、須藤被告は55歳年下の22歳でした。
ところが、2018年3月に予定されていた闘鶏神社での結婚式は須藤被告が拒否して中止となっています。野崎さんは須藤被告の過去を知るにつれ次第に不信感を募らせ、3月下旬には離婚を迫るようになったといわれています。
そして2018年5月24日、野崎幸助さんは自宅で急性覚醒剤中毒により死亡。その場にいたのは須藤早貴被告と家政婦の2人だったことから、疑惑の目が元妻に向けられることになりました。
罪状と裁判の経緯|一審・二審ともに無罪
罪状
須藤早貴被告は殺人と覚醒剤取締法違反の罪に問われました。検察側は、野崎さんに致死量の覚醒剤を口から摂取させて殺害したと主張し、無期懲役を求刑していました。
逮捕から起訴まで
須藤被告は「殺人などの疑い」で2021年4月に逮捕され、5月に起訴されました。また、覚醒剤の密売人と接触したとみられることはわかっていましたが、殺害したという直接的な証拠は見つかっていませんでした。
公判での争点
初公判で須藤被告は「私は無罪です。私は社長を殺していませんし、覚醒剤を飲ませたこともありません」と起訴内容を否認し、無罪を主張しました。検察側は冒頭陳述で「完全犯罪により莫大な遺産を得るため、致死量の覚醒剤を摂取させて殺害した」と指摘しました。
公判中に浮かび上がった不穏な事実として、須藤被告のインターネット検索履歴が挙げられます。「バレずに殺せば正義」「野崎幸助 薬物」「殺人罪 時効」などのワードを検索していたことが明らかになりましたが、裁判所はこれだけで犯行の証明には足りないと判断しました。
一審判決(2024年12月12日)
和歌山地裁の福島恵子裁判長は「殺害を疑わせる事情はあるが、被告が殺害したと推認するには足りない」として無罪(求刑無期懲役)を言い渡しました。
「被告人は無罪」という主文を耳にした須藤被告は、首をやや下に傾け、右手で涙を拭うようなしぐさを見せました。
二審判決(2026年3月23日)
大阪高裁の村越一浩裁判長は、一審和歌山地裁の無罪判決を支持し、検察側の控訴を棄却しました。事件では被告の関与を示す直接的な証拠はなく、状況証拠の評価が争点となっていました。
こうして一審・二審ともに無罪という、異例の結末を迎えることとなりました。
考察|なぜ普通の家庭の娘がここまで変わったのか
これはあくまで筆者の考察ですが、須藤早貴被告の人生の軌跡には、一つのパターンが見えてきます。
「普通の生活」への不満と「見られたい自分」のギャップが、彼女の行動を変えた最大の要因ではないでしょうか。裕福な家庭で育ちながら、それ以上の豪華な生活への憧れが強かった様子が随所に見て取れます。専門学校時代に「お金持ちキャラ」を演じ始めたのも、その表れといえるでしょう。
また、両親が共働きで多忙だったことで、幼少期から「自分で自分を満たさなければならない」感覚が育まれた可能性もあります。ホストクラブへの通い詰めも、単なる浪費ではなく「特別な自分」を確認したかったのかもしれません。
裁判では一審・二審ともに無罪が確定しましたが、「野崎さんを殺害したのか」という真相は、司法的には立証されないまま終わりました。「状況証拠だけでは有罪にできない」という日本の司法の原則が厳格に適用された事例として、この裁判は法律の専門家からも大きな注目を集めました。
まとめ
須藤早貴被告は、北海道の裕福な家庭で育った普通の少女でした。しかし美容専門学校時代を境に派手な生活へと変わり、上京後は水商売やAV出演など異色の経歴を歩みます。そして55歳年上の資産家・野崎幸助さんと結婚してからわずか3か月後に夫が急死し、殺人罪で起訴されるという波乱万丈な人生を歩んできました。
一審・二審ともに無罪という結末を迎えましたが、事件の真相は今もなお謎のままです。この事件は、証拠主義の大切さや「疑わしきは罰せず」という原則を改めて社会に問いかけた事件として、長く語り継がれることでしょう。
※本記事は公開されている報道や裁判記録をもとに作成しています。一部の情報には諸説あります。被告は裁判において無罪判決を受けており、記事内容は確定的な事実認定ではありません。
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